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| 江差の繁栄は江戸にもないといわれた時代。この細い浜に面して多くの商家が並び、北辺の港町でありながら江差の品揃えは江戸、大坂と変わりない豊かさを誇りました。繁栄の時代から一世紀以上がたち、今では遠い思い出となりましたが、江差には当時の有様を伝える建物が今なお多く残されています。 |
 | 旧中村家住宅は近江出身の商人大橋宇兵衛が建設したもので、ヒノキアスナロを主材料に、土台は北前船で運んできた越前の笏谷石(しゃくだにいし)を積み上げて建てられています。 |
| 通りに面している入口から入ったところは帳場で、3人の手代が座れる珍しい形になっています。奥には番頭が座る帳場があり、帳場があるところだけが2階建てになっています。2階は日本三大銘木にもなっている紫檀、黒檀がたくさん組み込まれた床の間で、壁は当時の贅を尽くし、砂鉄やアワビの貝殻をまぶしたきらびやかな書院造りです。 |
| 帳場から奥へ、茶の間、仏間と続き、倉の入口が見えてきます。倉は当時の貴重品が保管されていた場所で、上の窓は日本製のガラスが使用されており、ゆがみがあるのが特徴となっています。 |
| 昔は火事が非常に多く、当時の商家では一つ一つの部屋に火事が起きても類焼しないよう防火扉をつけていました。文庫倉の上の方に足場があり、女中部屋から上がり防火扉を開け閉めできるようになっていました。倉の扉は四重になっており、重たい扉でも簡単に開け閉めできるようにと木のコロがついています。 |
| 昭和57年から3ヵ年計画で1億6千万円かけて修復工事が行われました。国道が高くなったのに伴い、新しい石を入れ、土台を55センチ上げています。 |
| 江差の繁栄を今に伝える素晴らしい建物です。 |