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平成27年3月11日「あの日から4年」

 東日本大震災が発生した2011年3月11日から4年。本日は江差町議会定例会開催中のため、発生時刻に議場で黙とうをささげます。

 

 あの日、新聞記者だった私は、江差町で町議会3月定例会を取材していました。議会が閉会し、議員控え室で町議の人たちとテレビの国会中継を見ながら話をしていました。突然、テレビの緊急地震速報が流れ、江差でも大きく揺れ始めました。ただ事ではない。そう直感しました。

 その後、町内の高台に上がり、津波が観測されないか確認したり、住民の避難状況などを取材しました。幸い、江差を含む檜山地方では大きな被害は出ませんでした。

 

 震災から約1カ月後、江差町や近隣町の町職員は、交代で被災地・岩手県山田町の支援のために派遣されました。私も取材で彼らとともに現地へ。がれきが少しずつ撤去され、何もない更地が広がっていたのが印象的でした。
 被災者でごった返す山田町役場庁舎。その中で、山田町役場職員は寝る間も惜しんで、家族のことも顧みず、町民のために働いていました。職員も家族を失ったり、住居が全壊したりしているにもかかわらず。中には、過労で倒れた職員もいるとのこと。

 

 日本はこれまで、いくつもの困難を乗り越えてきました。
 「誰かのせいにせず、悲しみを2度と繰り返さないように考える」
 こうした前向きな姿勢が、日本がさまざまな困難から復興してきた要因だと思います。

 これは戦争に関しても言えることです。今年は戦後70年。戦争を誰の責任にして語るのではなく、「戦争の悲惨さ」「平和の尊さ」を語り継いできたのが日本の立場だったと思います。私はこの姿勢は素晴らしいことだと思っています。

 


          花は花は花は咲く いつか生まれる君に
          花は花は花は咲く 私は何を残しただろう

 

 私自身、震災で直接的な被害を受けたわけではないですが、「あの日」に生きた一人として、震災を風化させてはいけない。しっかりと防災の大切さを考えて、次世代を生きる人たちに伝えていかなければならない。私はそういう思いを改めて強くしています。
 

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