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北前の運んだ江差文化

 海上のみが唯一の交通手段であった松前の国は、衣食住の大部分が海上交易によって持ち込まれた。北前船時代を迎え、そのもたらした経済的繁栄を背景に、商人を中心とする江差文化が構成されてゆく。それは上方文化・北陸文化を基調とし、日本海を媒介とする日本海文化とも称すべきものである。
 当地が所蔵する数多い北前船の買仕切を見ると、食料・衣料・調度品・趣味関係等、あらゆる物品が買積され市中に販売されている。さらにそうして購入された調度品が、今なお多く家庭に所蔵され、江差文化の基調となっている。 「夕陽に映える甍」と表現された街並は、残念ながら色あせているが、文化財の中村・横山両家は往時の江差商家建築をあますことなく伝えている。それは正に上方商家建築を基調に、日本海の風雪に耐える江差様式である。京欄間・漆塗りの戸障子・よしず張りの夏障子・簾、さらに蔀(しとみ)戸、京都の町家を彷彿させるものである。その反面大きな切炉・明り採りの高窓は、豪雪寒冷地の様式であり、さらに広い通し庭・ハネ出しは、商港として江差独特のものである。
 姥神祭りに代表される祭礼は、京都祇園祭りを基調とする絢爛豪華な山車行列を中心としつつも、そこには荒海に生きぬく海の男の心意気を貫く、江差が育てたものである。
江差文化は商人の経済力を背景に生れ、育てられ、固定化したものであるが、その根底を貫くものは「安物買いの銭失い」という商人の心情である。それは今日、本物志向の伝統として受け継がれている。派手なものより重厚なもの、量より質・外づらよりも内面への志向である。
 例を調度品購入にとると、質の勝れたもの、家として子孫に伝えるものの購入として吟味するのである。保存されている陶磁器を見ても、伊万里物では花籠手よりも錦手、それよりも染付と、華美なものより地味なもの、著名な窯元・確かな銘入れのものを求めるという風である。
 その趣味・嗜好品等について見ても、抹茶の作法よりも、自由な煎茶を好み、その野立て道具に贅をこらし、それが俳諧・詩歌の催しのなかで玩味するという趣好である。この趣好は、書画・漢詩文・俳諧・浄瑠璃の愛好にも通じ、洗練された文化をつくり出している。
 彼等商人の中には、俳人・画家・能筆家として、その域に達した者も多いのであるが、決してそれをもって身をたてようとする者はなく、あくまで趣味として内にひめ、嗜むという域にとどまった。このことはあくまで商人として、ノレンをまもることに徹し、趣味に走ることは、余技に走るものとして戒めたということに外ならない。
 その他江差追分節・鹿子舞等多く伝承されている民俗芸能をはじめ、生活文化、その根底を流れる江差人の心情は、伝統を守り、それを明日への発展の糧とするということである。北前船にかける夢は正にそれであり、それは総べて北前船により運ばれ、年を経て地域環境に止揚され、江差文化として根づいているからである。
 「かもめの鳴く音にふと目をさまし あれがエゾ地の山かいな」この追分節の感懐は、北前船そのものである。

「北前船 -日本海文化と江差-」より

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