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北前船と近江商人

北前船と近江商人 江差華やかなりし時代に笑いを振りまいた繁次郎は実在したとされる人物です。文化年間(1804年~1818年)に生まれ、慶応2年(1866年)に60歳で亡くなったとされています。
生まれは厚沢部町の俄虫で、福田という性があり、父祖は能登、今の石川県から来たといいますから、繁次郎の一族も北前船に乗って江差に渡ってきたのでしょうか。
江差の港からニシンなどの蝦夷の産物を積み出し、大坂方面でこれを降ろして、米や味噌、木綿などを積んで戻ってくる船を、北前船と呼びました。
今の石川県から福井県あたりの出身者が、北前船の船主や船員となり、この船を商売に使っていたのが近江商人です。彼らは今の滋賀県柳川付近を故郷とする商人で、はじめは各地を回りながら土地の品物を仕入れ、また別の土地で売る行商人でしたが、商売が盛んになると全国各地に出店を作って船を雇い、大きな商売をするようになりました。
近江商人達は、松前藩と手を組んで、蝦夷交易を担い、大変な勢力を誇りました。国の重要文化財「旧中村家住宅」は、近江商人の大橋宇兵衛が江戸時代の終わり頃に建てたもので、道指定文化財の山車「松寶丸」を作った近江屋利兵衛という人も近江商人だったといいます。
こうした近江商人のバイタリティが、北海道の産物を全国へ行き渡らせ、その積出港として江差は空前の繁栄を迎えたのです。繁次郎というユーモアあふれる人物の存在がこのように言い伝えられているところにも、当時の江差の豊かさ、人々の心のゆとりが感じられます。

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