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金剛寺

金剛寺日本海を望む中歌町の少し高台にある金剛寺。寺の歴史は寛永元年(西暦1624年)にはじまりますが、これまで3度の火災に見舞われ、現在の本堂は明治22年(西暦1889年)に建立されたものです。

 本堂には、町指定有形民俗文化財に指定されている「木喰仏」のほか、7月17日のみ公開される聖観音像。7月17日~8月末まで公開される十王図(地獄極楽絵図)など多くの文化的価値の高い作品が保存されています。

木喰仏~木喰上人と子安地蔵~

木喰上人木喰上人は享保3年に山梨県下部町の丸畑に生まれ14才の時に江戸に出た後、神奈川県の大山不動参龍して修行、茨城県羅漢寺の木喰道上人に弟子入りして木喰戒を受けて木喰道上人と名乗った。

 木喰戒というのは、屋根のある所で寝ない、衣服は夏・冬一衣一枚、煮炊きしたものは食べないで、「はなねりやソバがゆ」などを食べて修行していた。

 安永8年に金剛寺へ来た頃、疱瘡が大流行していて「金剛寺の過去帳」にも、その年34人もの子供の戒名が書いてあります。

 上人は、夜皆が寝静まった時に起きてノミをふるって作られたとされ、金剛寺の子安地蔵は上人最初の作で、後々の佛様の丸みはないが大変有難い佛様で昔も今も祈祷するとお乳が出るようになったとか、虫切り、子授・安産祈願などに霊験がある。また、泊町(江差町)の観音寺、熊石の法蔵寺にもあります。
 全国に2千体もの佛を造り、93才で亡くなり、法名を「木喰五行明満聖人」という。

聖観音~金剛寺聖観音さまの成り立ち~

観音様 九州筑後の来迎寺の三番弟子だった寂誉了隨上人が、ある夜夢枕に観音様が現れて「蝦夷地は人々の心が大変乱れているので、あなたが行って皆の心をなぐさめ、皆の苦を取り、楽を与える手伝いをしてください。私も先に行って待っている」とのお告げがあり、それを聞いた了隨上人は、先ず松前の光善寺に来た後、江差を廻ってみると不思議な話を聞いた。当時江差をおさめていた、茂尻の厚谷七右衛門方で、浜の寄り木を沓脱ぎにしたところが、夜になると瑠璃光を放つというのを聞いて、これは観音様が先に行っている、ということだと思い、厚谷方に願ってもらいうけ、豊川町の奥で刻んだのが、当寺の観音様です。

 不思議なことに、了隨上人は、今まで彫刻した経験がないのに、まるで着物を脱がせるように、ひとりでにきれいな立派な観音様が中から現れたということです。数日のうちに信者があらわれ、その方々が金剛寺檀家の基になり、今日に至っております。

 この了隨上人は、九州大本山善導寺の28世の御法主になって皆に拝まれる、お坊さんになったそうです。

 

【お問い合わせ先】

〒043-8560 北海道檜山郡江差町字中歌町193-1
江差町役場 追分観光課 観光係
TEL:0139-52-6716
FAX:0139-52-5666

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