| 山車紋「唐獅子牡丹」 |
| 人形は、景行天皇の皇子「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」(倭建命) |
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| 山車人形は、明治22年(1889年)大阪心斎橋大江良介の製作による。景行天皇の皇子で記紀に見える最も偉大な英雄である。勇武を恐れた父帝(みかど)が、彼を南九州の熊曽によってタケルという名を献上された。 |
| なお、出雲建をはじめ幾多の土豪と戦い都に還るが帝はすぐまた東国征伐に遣わす。彼は伊勢に行き叔母の倭比売(ひめ)は、あめのむらくもの剣(後のくさなぎの剣〜三種の神器の一つ)と火打ち石の袋を授ける。東国の遠征の途上、相模で国遣(くにのみやつこ)らにだまされて野火の難に遭うが、草薙剣(くさなぎのつるぎ)と火打ち石によって助かる。 |
| このときの野火との戦いの雄姿をかたちどったのが、この山車の人形である。聖なる武勇と言うことから聖武山と名づけられた。 |
| 江差町内の山車人形の中でも数少ない動作人形の一つでもあります。 |