| 山車紋「笹龍胆」 |
| 人形は、源氏の武将「源義経」の郎等、「武蔵坊弁慶」 |
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| 弁慶は平安朝後期、熊野別当の子として生まれたとされ、幼名を鬼若、比叡山延暦寺の西塔に住し武蔵坊と号す。書写山円教寺をはじめ西国諸所にて修行を重ねた後、清和源氏の御曹司源義経に従い平氏追討を果たす。主君義経が実兄である武家の棟梁源頼朝の不興を破り追捕されるも、弁慶が機智により数々の苦難を退け、無事に奥州の豪族藤原秀衡のもとへと落ち延びる。しかし、秀衡の死後、その子泰衡が頼朝と結び義経を急襲、弁慶は敵兵の矢刃を一身に受け、世に云う弁慶の立ち往生にて、義経自刃の時を稼ぎ、最期までその忠義を貫いた。 |
| 人形は、歌舞伎十八番「勧進帳」でおなじみの雄姿であり、町内の山車人形としては最大を誇る。 |
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