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江差沖揚げ音頭

江差沖揚げ音頭

鹿子舞は江差発展の原動力の一つである檜山での労働の中から発生したものであるが、今一つ鰊漁労の中から発生したものに沖揚音頭がある。この両者は山と海という労働の場は異なるが、何れも労働の中に発生したという点では共通のものである。

鰊漁業は春三月といっても北海での漁労作業は、寒さと荒天との戦いであり、加えて鰊の前浜回遊・群来(くき)は僅か数日という短い期問に限られ、その間に巨万の富を収獲するというものだけに、その労働条件は極めて過酷なものであった。「鰊がきた」ということになると、たとえ荒天でも凪(なぎ)を待つこともかなわず、「験は荒漁」の例えもあり、荒天覚悟の労働であった。巨万の富を目の前にして腕をこまぬくことは、不確実な来春までその機会を待つことで耐えられるものではなく、命をはっての一発勝負というものであった。それだけに鰊漁業に携わる者のたのみは稲荷・竜神・弁天・海神の加護を信じ、荒天に挑んだのである。そこに多くの神事が修行された。

一方、神の加護により「沖あげ」ということになると、鰊の回遊は短時問に限られるだけに、その漁労作業には昼夜の別もなく、食事の暇もなく、獲れるだけ獲るというもので、数日間一睡もかなわず、腰をおろすこともできず、片手で網を引き、片手で握り飯を頬張り、もっこを負いながら握り飯を食べ、歩きながら無意識でウトウトし、魚坪(なつぼ)にモッコごと落ちてわれに返るという、根限り体力の限界を超えた重労働であった。

この重労働のなかで疲れた気力を引立て、睡魔をはらい除け、作業を持続させたものは、唄であり気合であった。まして海上での舟漕ぎ、網起し作業には全員の力の統一が不可欠であり、必然的に音頭取りが必要となってくる。このような条件のなかで、一連の鰊漁労作業の中に唄や音頭が不可欠なものとして発生した。こうしてその作業のリズムと結合して、最大限の能力を発揮できるように舟漕ぎには舟漕ぎ唄・網起しには網起し唄・沖揚げには沖揚げの唄・子叩きには子叩きの唄が発生し、固定化して伝承されてきたのである。

これら鰊漁労作業と結合した各種の唄は、鰊漁労に従事した各地方からの渡来者(土着人・出稼人を含め)が、それぞれの地方から唄を持込み、その中からその作業のリズムに適合するように取捨選択され、脚色されてメロディーができあがり、一連の作業の中で疲れた気力を引立たせ、拍子を合わせるために、船頭が機知に富んだ即興作詞で音頭をとり、一同の気分を転換させてゆくなかで成立したものである。

 

【お問い合わせ先】

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